コラム

2026/10/15 コラム

遺言がパソコン・スマホで作れる時代へ――令和8年の民法改正(保管証書遺言の新設と押印の廃止)で何が変わり、いま何をしておくべきか

ノートパソコンやスマートフォンで作った遺言を、窓口で本人確認のうえ預ける様子を描いたイラスト(保管証書遺言)
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弁護士の瀬野陽仁です。
本日は、令和8年の民法改正で新しく設けられる「保管証書遺言」と、遺言の押印の廃止についてお話しさせていただきます。

「遺言は便箋に手書きして、最後にハンコを押すもの」――多くの方がそう思っておられるのではないでしょうか。その常識が、法律の改正によって変わろうとしています。

令和8年6月17日、「民法等の一部を改正する法律」が国会で成立し、同月24日に公布されました(令和8年法律第45号)。この改正により、①手書きの遺言(自筆証書遺言)に押印が要らなくなり、②パソコンやスマートフォンで作成した遺言を法務局に預ける新しい方式「保管証書遺言」が設けられることになりました。

これは、平成30年の改正で認められた「財産目録だけはパソコンで作れる」というルールや、令和2年に始まった法務局の「自筆証書遺言書保管制度」とは別の、新しい見直しです。

この記事では、改正で何が変わるのか、新しい制度はいつから使えるのか、そして「新制度が始まるまで遺言は待った方がよいのか」という疑問に、相続を扱う弁護士の立場からお答えします。

遺言のルール見直しの流れ。平成31年の財産目録パソコン作成、令和2年の自筆証書遺言書保管制度、令和8年改正の押印廃止と保管証書遺言の新設

1まず結論――改正のポイントは2つ、どちらも「まだ始まっていません」(令和8年10月時点)

今回の改正のうち、遺言に関するポイントは次の2つです。

(1)手書きの遺言(自筆証書遺言)の押印が不要になる

→公布の日から1年を超えない範囲内で政令が定める日から施行(遅くとも令和9年6月まで)

(2)パソコン・スマホで作れる新しい遺言「保管証書遺言」が新設される

→公布の日から3年を超えない範囲内で政令が定める日から施行(遅くとも令和11年6月まで)

大切なのは、どちらもまだ始まっていないという点です。具体的な開始日は今後政令で定められます。したがって、いま遺言を作るのであれば、現在のルール(手書きの遺言なら全文・日付・氏名を自分で書いて押印する。パソコン等で作った財産目録を付けるときは各ページに署名押印し、書き間違いの訂正箇所にも押印する)に従う必要があります。この点は後ほど詳しくご説明します。

参考:法務省「民法等の一部を改正する法律案」(成立・公布・施行日の情報を掲載) ↗

混同しやすい3つの見直しの整理

遺言のルールはここ数年、段階を分けて見直されてきたため、時期の違う改正が混同されがちです。

平成31年1月13日施行(平成30年の相続法改正)
自筆証書遺言のうち、財産目録に限ってパソコンで作成したり、通帳のコピーを添付したりできるようになりました(本文は手書きのまま)。
令和2年7月10日開始
手書きの遺言を法務局で預かってもらえる「自筆証書遺言書保管制度」が始まりました。
今回(令和8年の改正・未施行)
自筆証書遺言などの押印の廃止と、本文までパソコン・スマホで作れる「保管証書遺言」の新設です。

「遺言はもうパソコンで作れるようになったのでは」と思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、それは財産目録に限った平成30年改正のお話です。本文までパソコン・スマホで作れる方式は、今回の改正で初めて設けられるものです。

参考:法務省「自筆証書遺言に関するルールが変わります。」(平成30年改正の方式緩和) ↗

2いまの遺言のルールと、「ハンコ一つ」で遺言が無効になる怖さ

改正の意味を理解するために、まず現在のルールを確認しておきます。一般の方がよく利用される遺言の方式は、主に次の2つです。

自筆証書遺言

遺言をする人が、全文・日付・氏名を自分で手書きし、印を押して作る遺言です(民法968条1項)。費用がかからず、思い立ったときに一人で作れる手軽さが利点です。ただし、財産目録以外は全文を手書きしなければならず、書き方の決まりを一つでも欠くと遺言全体が無効になるおそれがあります。

公正証書遺言

証人2人以上の立会いのもとで、遺言をする人が公証人に遺言の内容を伝え、公証人が作成する遺言です(民法969条)。費用や手間はかかりますが、法律の専門家である公証人が関与するため、方式の不備で無効になる危険は小さく、原本も公証役場で保存されます(もっとも、作成時の判断能力などをめぐって争われる可能性はあります)。

さらに、令和2年7月10日からは、手書きの遺言を法務局で預かってもらえる「自筆証書遺言書保管制度」が始まっています。手数料は1件3,900円で、この制度を利用した遺言は、相続が始まった後に家庭裁判所の「検認」という手続を経る必要がありません(法務局における遺言書の保管等に関する法律11条)。

ただし、法務局は遺言の内容についての相談には応じておらず、保管された遺言の有効性を保証するものでもない、と法務省自身が明記しています。

参考:法務省「遺言書保管制度とは?」 ↗

参考:法務省「手数料」 ↗

ここで、押印にまつわる実際の裁判例を一つご紹介します。

ある方が、手書きの遺言書に、印鑑の代わりに「花押(かおう)」と呼ばれる、署名を図案化した書き判を記していました。この遺言が有効かどうかが争われ、最高裁判所は、花押を書くことは印章による押印とは異なり、民法968条1項の押印の要件を満たさないと判断しました(最高裁判所平成28年6月3日第二小法廷判決・民集70巻5号1263頁)。

遺言の中身とは別に、「押印がない」という形式の問題だけで遺言の効力が否定され得る。これが現在の自筆証書遺言の厳しさです。

3改正点① 手書きの遺言の「押印」が不要になります

改正後の民法968条1項は、「遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書しなければならない。」と定め、「印を押さなければならない」という部分が削られました。

あわせて、パソコンで作った財産目録を添付するときの各ページへの押印や、書き間違いを訂正するときの押印も不要となり、署名だけで足りることになります(改正後の民法968条2項・3項)。秘密証書遺言や、特別の方式の遺言についても、押印の要件が廃止されます。また、死亡の危急に迫った方の遺言や船舶遭難者の遺言には、遺言をする状況を録音・録画で記録する新しい方式も設けられます(改正後の民法976条の2・979条の2)。

一方で、変わらない点にも注意が必要です。

  • 本文は引き続き全文を自分で手書きしなければなりません。パソコンで打った本文に署名だけをしても、自筆証書遺言としては有効になりません。
  • 日付と氏名の自書も引き続き必要です。日付が特定できない書き方をすると、無効になるおそれがあります。
  • 施行日より前に作る遺言には、これまでどおり押印が必要です。施行日より前に押印せずに作った手書きの遺言は、施行後も方式を欠くものとして扱われる見込みです(具体的な扱いは改正法の附則〔経過措置〕によります)。「法律が変わったからハンコは要らない」と早合点しないようにしてください。

4改正点② パソコン・スマホで作る新しい遺言「保管証書遺言」

今回の改正の目玉が、新しい遺言の方式「保管証書遺言」の新設です。改正後の民法では、普通の方式の遺言として、自筆証書・公正証書・秘密証書に「保管証書」が加わります(改正後の民法967条)。

改正後の民法968条の2によると、保管証書遺言の作り方は次のとおりです。

(1)遺言の全文を書面に書くか、電子データとして記録する(パソコンやスマートフォンで作成した文書でもよい。電子データの場合は氏名も記録する)

(2)その書面やデータについて、遺言をする人が署名するか、署名に代わる措置として法務省令で定めるものを講じる

(3)遺言書保管官(法務局で遺言書の保管事務を担当する職員)の前で、遺言の全文を口で述べる(口述する)。なお、財産目録については、法務局が目録を閲覧させるなどの措置をとるときは口述が不要とされています(改正後の民法968条の3第2項)

(4)法務局に保管されなければ、遺言としての効力を生じない(保管が遺言の成立の条件になります)

なお、公正証書遺言と異なり、証人の立会いは要件とされていません(改正後の民法968条の2)。保管の手数料などの細かな点は、今後、政令や法務省令で定められます。

全文を手書きする必要がないため、長い文章を書くのが難しい高齢の方や、手が不自由な方にとっては、大きな負担軽減になると考えられます。

また、保管官の前での口述は、遺言をする人が希望し、遺言書保管官が相当と認めるときは、映像と音声をやりとりする方法(いわゆるウェブ会議)で行うこともできるとされています(改正後の遺言書保管法7条7項)。口がきけない方は、遺言書保管官の前で、通訳人の通訳による申述又は自書によって口述に代えることになります(改正後の民法968条の3第1項)。

保管証書遺言には、次のような特徴もあります。

  • 家庭裁判所の検認は不要です(改正後の遺言書保管法20条)。
  • 遺言をした人が亡くなった後、相続人などは法務局に対し、遺言の内容を証明した書面の交付などを請求できます。そして、誰かが証明書の交付を受けたり閲覧したりすると、法務局から他の相続人などにも、遺言が保管されている旨が通知されます(改正後の遺言書保管法17条)。
  • あらかじめ指定しておいた人に、死亡後、遺言が保管されていることを法務局から知らせてもらう仕組みもあります(改正後の遺言書保管法19条)。
  • 法務局への保管の申請を撤回すると、その遺言自体を撤回したものとみなされます(改正後の遺言書保管法14条6項)。

「全文を口述する」という手順に驚かれるかもしれません。しかし、手書きでも公証人の関与でもない新しい方式で、本人が自分の意思で作った遺言であることを確かめるために、口述は重要な役割を果たすものと考えられます。

参考:法務省「民法等の一部を改正する法律案要綱」 ↗

参考:法務省「新旧対照条文」 ↗

5便利になっても変わらないこと――「形式」と「中身」は別問題です

新しい制度によって、遺言を「作る手間」は確実に軽くなります。しかし、弁護士として強調しておきたいのは、方式が簡単になることと、トラブルにならない遺言が作れることとは、まったく別の問題だという点です。

(1)法務局は遺言の「中身」までは見てくれません

現在の保管制度について、法務省は、遺言の内容に関する相談には応じず、遺言の有効性も保証しないと明記しています。新しい制度で法務局がどこまで関与するかは、今後定められる法務省令や運用を待つ必要がありますが、遺言の内容を相続トラブルが起きないように設計する役割までは担わないと考えられます。「法務局に預けたから安心」とは限りません。

(2)内容の不備は、相続が始まってから表面化します

例えば、次のような遺言は、方式が整っていても家族間の争いの火種になりがちです。

  • 不動産や預貯金の特定があいまいで、どの財産を誰に渡すのか読み取れない
  • 一部の相続人の「遺留分」(法律で保障された最低限の取り分)に配慮がなく、遺言が実現した後に金銭請求の争いになる
  • 財産を渡す予定の人が先に亡くなった場合の定めがない
  • 遺言執行者が指定されておらず、手続を進める人がいない

(3)「本当に本人の意思か」という争いは残ります

作成時の判断能力(遺言能力)や、特定の家族の強い働きかけがあったのではないかという争いは、どの方式でも起こり得ます。作り方が手軽になるほど、作成時の状況をどう残しておくかが大切になります。

6では、新制度が始まるまで待つべき?――答えは「待たずに、いま作る」

「数年後にスマホで作れるなら、それまで待とう」とお考えの方もいらっしゃるかもしれません。しかし、私たちは次の理由から、待たずにいま遺言を作ることをおすすめしています。

  • 保管証書遺言が始まるのは、最長で令和11年6月ごろです。その間に、病気や認知症などで遺言を作れなくなるおそれは誰にでもあります。
  • 遺言は、いつでも、遺言の方式に従って全部又は一部を撤回できます(民法1022条)。いま作っておき、新しい制度が始まってから作り直すことも可能です。
  • いまでも、公正証書遺言や自筆証書遺言書保管制度を使えば、紛失や改ざんのリスク、検認の手間を避けることができます。

大切なのは「どの方式で作るか」よりも、「何を、誰に、どのように遺すか」をきちんと設計することです。そこが固まっていれば、判断能力があるうちは、方式は後からでも選び直せます。

よくある質問

Q スマートフォンのメモアプリに書いた遺言は、いますぐ有効になりますか。

A 有効にはなりません。現在の法律では、手書きの遺言は全文を自書し押印する必要があります。新しい保管証書遺言も、法務局に保管されなければ効力を生じない仕組みであり、制度の開始前には利用できません。

Q 押印して作った遺言は、改正後に効力を失いますか。

A 改正は押印を「不要」とするものであり、押印を禁止するものではありません。法律の要件を満たして作った遺言が、印が押してあることを理由に無効になることはありません。

Q 保管証書遺言を作ったことは、家族に知られますか。

A 生前に法務局から家族へ連絡がいく仕組みではありません。亡くなった後に、相続人などが法務局に証明書の交付などを請求できるほか、あらかじめ指定した人に保管の事実を通知してもらうこともできます。

Q すでに作った遺言を、新しい方式で作り直すべきですか。

A 必ずしも作り直す必要はありません。ただし、作成から年数が経って財産や家族の状況が変わっている場合は、方式にかかわらず内容の見直しをおすすめします。

まとめ

  • 令和8年6月、民法等の一部を改正する法律が成立し、遺言の方式が見直されました(令和8年法律第45号)。
  • 手書きの遺言の押印が不要になります(公布から1年以内に施行)。ただし全文・日付・氏名の自書は引き続き必要です。
  • パソコン・スマホで作り、遺言書保管官の前で口述して法務局に預ける「保管証書遺言」が新設されます(公布から3年以内に施行)。
  • どちらもまだ始まっていません(令和8年10月時点)。いま作る遺言は、現在のルールで作る必要があります。
  • 作り方が簡単になっても、内容の不備による相続トラブルは防げません。新制度を待たず、内容を固めた遺言をいま作っておくことが安心につながります。

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